会誌から見る歴史     …  1977 1978 19791980-1984

 ■会誌リスト
 ・「九州産業大学 漫画研究会 もんた NO 1.」
 ・「monta 新人号」
 ・「もんた No. 4号」

漫画研究愛好会、発足!それから半年…
 1976年6月、九州産業大学漫画研究愛好会発足。…それから半年ほど過ぎた2月、漫研初の会誌「もんた NO1.」は刊行されました。そして1977年4月、「漫画研究愛好会」から「漫画研究会」と名前を変えています。

 この頃の会誌は部室内に残っていないものが多く、創刊号すら紛失しているのではないかと不安でしたが、奇跡的に(そして完全な姿で)残っていました。  
(もんた創刊号の編集後記より)
編集後記
 この「もんた」は、わが漫研が、はじめて大量出版(?)した記念すべき本です。
 はじめの予定では、総ページ一〇〇!発行部数数千部!ということでしたが……ちょっとしたミスでそれがだめになり(はっきり言えば金がたりなかったんです。)今のこの姿となったわけです。
 しかし、この本ができるまでの道は長かった……
はじめの予定では、この本ができるのは、去年の一月だったんです。
それが みんながしめ切りを守らないので… 特に会長の門田が……
それでず〜〜〜と発行がおくれて今、発行となったわけです。

「もんた」はこれからもずっと発行を つづけます。
  よろしくおねがいします。
     編集長 みつ
 …どうやら創刊号からもうすでに〆切破りは始まっていたようです(笑)。
 創刊号の内容は漫画が数本とそれに対する寸評、当時のアニメに関する雑感など、現在の会誌から比べると文章系の内容がかなり多いです。
 ところで「もんた」の誌名ですが、初代会長の「門田」さんの名字をもじっただけのシンプルな由来のようです。

 残念ながら2、3号は紛失してしまっているのですが、残っている4号の編集後記は、現在プロ漫画家で活躍されている春日光広氏が書かれていました。
(もんた4号の編集後記より)
編集後記  春日光広
 もんたも発刊ついに4号をむかえた。
作品の内容も出すたびに充実している。この4号は1〜4のうちで一番充実したものになったと思われる。
しかし… まだ 作品に商業誌的なふん囲気が強いように思われる。もんたに載せる漫画は別にうまく,よく,きれいに,おもしろく描く必要はないんである。例えば自分の生活の中で、うれしかったことや頭にきたことなどを描けばいいんである。そうなると作品内容(ジャンル)が私的小説的なジャンルの漫画しか描けないという意見が出るかもしれないが、自分が描きたいと思っているものがはっきりしていれば、SFであろうが時代劇であろうが、自分の思っていることをそのままテーマにぶちこんで描けばできるのである。なにもSFだから、ラストの意外さ、ストーリーの意ぃ外さだけで読ませるとはきまっていない。時代劇だから チャンバラ・忍者・武士道ときまっているわけじゃない。
 自分の考えをそのまま書いてみたけど、ま、よーするに 漫画はみんなが描きたいものを描けばいいんです。それが他人に理解されなくとも自分が満足してればそれでいいんです(プロはそんなわけにはいかないけどね。)

−追記−
 香椎祭展示期間中、「monta新人号」の表紙を描かれたOBの方が来場されました!その方によると、「自分が描いた表紙より裏表紙の方が好評だった」とのこと。その他、当時の漫研の状況についてなどのお話しを伺うことができました。どうもありがとうございます。 m(_ _)m